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2009年 03月 10日
さて、前回の続きで、ホルモン屋さんです。これが、博多の「昭和ホルモン食堂」というらしいんです。京都から新幹線で東京駅に到着してすぐに、友に連れてこられた店で、そういえばこの間も彼と門前仲町あたりでホルモンで飲んだよな、という話になって、以前なら汚いといって絶対に来ないような店に、東京育ちの彼がなぜにこうも頻繁に来てるんだろう?というところが不思議でおもしろい。それだけ年老いた親爺の域に彼もついになってしまったということか、またはほんとにそのおいしさにはまってきたのか。それとも単なる流行か。いずれにしても、向かいは高い塀で囲まれていて、その脇には黒塗りの高級車が連なって停まっていて、かたや煙ムンムンの酔っぱらいで賑やかなDNAをくすぐる懐かしさが外にも溢れてきていて、たぶん狙ったんだろう、そのギャップがたまりません。 店名も覚えていなかったんだけど、銀座吉兆向かいということだけは記憶にあって、後日インターネットで「銀座吉兆」を検索してみて、はじめて「昭和ホルモン食堂」という店だと理解できたのです。まず「銀座吉兆」を調べて、google mapに入力、ストリートビューに切り替えると何とも便利、向かいのお店の情景が出てくるからすごいですねえ、グーグルのサービスは徹底してます。店内は、月曜日のサラリーマンで満員で、狭いから椅子もテーブルもその狭さに対応していて、混雑した様子が逆にいい。椅子は1升瓶のケースで中にコート類を収納するようになっていて、思わずカメラに納める。 熱源は木炭七輪で排気ダクトが天井を張り巡り、それがいいアクセントになっている。昭和生まれの僕には、複雑な気分でもあるけど要は「昭和レトロ」は、お金を掛けなくてもいいのだというのが、よくわかる。 そして、「ほっぴー」です。 う〜ん、懐かしい。僕の東京時代は、1973年から1981年くらまでで、その間学生から半学生、そして設計事務所通いからサラリーマンと微妙に身分を変えつつ、新宿、渋谷、横浜が日常エリアでした。それで当時の渋谷のガード下では、よくサラリーマンが焼き鳥を片手に「ほっぴー」を飲んでいたものでした。 彼もその時代のある時期を共有していて、東京人なりの独特の視点をもっているので、いつものように思い出を語り合い、ここまで来てしまった今の東京を解説し、僕もいつものようにそんな彼の視点に北海道人なりの視点で絡み、「北海道は自給自足して独立だあ、鎖国だあ〜」と熱く叫べば、冷ややかに「したけりゃ、そうすれば・・」そして「お前は日系ロシア人になってしまうのか?」とあっさり応えられてしまう有様です。 そんないつものパターンで飲みあかすうちに、お客も一人減り二人減りとだんだんいなくなり、我々も最後に昭和ラーメンとやら注文して、二人で1杯を分け合って満足して解散した次第です。まあ、ホルモン屋さんにしては、いい値段でないの、と思いつつワリカンで勘定を払いながら、今度彼が北海道に来たときには「岩見沢精養軒」へ連れて来て、銀座との違いを見せつけてやらなければと、やけに粋がっていて酔っぱらった頭の中で挑戦的であったのでした。 *
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by take2zeronine
| 2009-03-10 20:33
| ●e旅・街巡り/都市・建築
2009年 03月 08日
新幹線に乗ったのは、何度目だったろうか?
数回はあるのではないかと思う。ただ今回ほどその速さと簡便さを実感したことはなかった。 一番はじめは、高校生の修学旅行だった。おきまりの京都・奈良を見学して、京都から東京へと向かう当時の「ひかり」だった。 高校生は、友達とガヤガヤやっている方が忙しく、車両がでかい、という印象ぐらいしか、17才の僕の記憶にはない。 それから時は経ち、家族で関西に旅行したときも、飛行機をやめて列車にしようかと、北海道から東京まで寝台列車『カシオペア』で行き、そして東京から神戸までを新幹線でということだった。また軽井沢に行ったときなど長野新幹線が2回ほど、東北新幹線も1回乗っていると思う。 数十年でそれだけしか体験していないのは、北海道人は津軽海峡があるためほとんどが飛行機を利用してしまうから。 JRの開発に関わったみなさん、ご免なさい!「遅いよ」と言われるかもしれないけど、ここにいたって初めて、「速かったなあ」と実感したのですよ。 京都へ出張したついでに、こちらは4〜5回目になるんだけど、お気に入り大徳寺大仙院へ実測に立ち寄って、翌日は東京でお客さんと打合せなので、その日は東京のホテルへ移動するだけというときに、自由席で利用したわけです。 北大路大徳寺から、1丁ほど歩いて堀川通りで市バスに乗り、やっと私自身にも違和感なく馴染んできた京都駅まで。 バスターミナルのある、駅7条側のあのオープンな入り口から、大階段を横目に買っておいた切符ですぐに改札口に入ったのが、確か16:15頃。最近神戸空港利用で乗ることが多い新快速ホームはパスして、新幹線ホームへ向かう。 再改札口で時間を確かめると、16:23発の東京行き「のぞみ」が一番早く東京へ着くという。数分でホームに滑り込んできた「のぞみ」に乗り込む。自由席はガラガラで、窓側の席に身体を沈めて、外の景色を眺めながら、しばらく乗り心地を確かめていました。 なんなんだろう、まるで地上を飛ぶ飛行機みたいなのだ。レールの上を走る列車特有のあのジョイントのガタコト感が全くなく、滑るように飛んでいくスピード感。 外の景色も300キロ近いスピードで飛んでいく。それは上空高く900キロのスピード飛ぶジェット機とは、速さのスピードは比較にならないかもしれないけど、体感スピードと滑らかさ揺れない直進性において、画期的なように感じたのでした。 すごい!日本は、やっぱりすごい! 途中、名古屋と横浜に停まって、18:45頃東京に到着。 ホームに降り立つと、すでにそこは、東京のど真ん中なのだ。 新幹線から見る、あの東京国際フォーラムのガラスのホール棟もまた一味違って見えて、ホームから見えるビル群も一挙に京都から、成熟した大都市、東京を感じさせてくれる。 「こんなに便利になっていいのだろうか?」と半分思いながら、「きょうはもうホテルで泊まるだけだから、いっぱいやらないかい?」と、さっそくホームから東京育ちの友人にTELして、ホテルで落ち会う約束をしたのが19:00。 そしてその夜、近くの銀座吉兆向かいのホルモン屋さんで、ほっぴーを飲みながらホルモンをつついて熱く語り合っている、東京での私がいたのでした。 *
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by take2zeronine
| 2009-03-08 23:09
| ●e旅・街巡り/都市・建築
2009年 02月 09日
今年、年女である母は、数え年84才である。
昼休みの時間は、事務所の隣の母宅で食事をすることが多い。 * * * それは趣味にしている茶道の会が発行している機関誌でした。「自分から書かせてと言って書いたものじゃないのよ、順番で回ってきたから書いただけなんだから」、そう言いつつ手渡されて読み始めると、ああ例の話だな、と思い当たるもので、すぐに引き込まれてしまいました。 起承転結が考慮された流れるような文章で、素材の良さもさることながら、読んでもらいたいという自信もあったのではないかと思う、いい随筆でした。 「袖振り合うも多生の縁」、仏教用語としては「袖触り合うも他生の縁」、後半に相手の人が亡くなったというくだりでは、思わず落涙。 最初の感動ものエンターティメントに身内モノというのも、またいいのではないかと、紹介致します。 #
by take2zeronine
| 2009-02-09 19:12
| ●エンターティメント/感動感激
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