最新の記事
以前の記事
2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 more... カテゴリ
全体 ●日日庵 ●新住協札幌 ●eベクトル/現在位置はどこ? ●e旅・街巡り/都市・建築 ●いえのえほん/その覚書 ●エンターティメント/感動感激 ●医学・医療/健康第一 ●トヨエモン/どこから来たのか ●しごと/プロであること 最新のコメント
最新のトラックバック
タグ
いえのえほん
日日庵
川俣正
三笠ふれんず
建築家シリーズ
三笠プロジェクト
結ホール
九間/ここのま
岩見沢プロジェクト
そば農園
新住協
北海道新聞
TKBストリート
7尺モジュール
メキシコ
自邸
キリスト教会
過去へ遡る
いえのえほん施工篇
健康第一
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
2010年 11月 14日
24回目にして登場、便所/トイレ/お手洗い/化粧室
動物とか人間とか、その根元的なものに関わってくる生理的現象、住まいの中でそれはどう処理されてきたのか。 だからどうしても、プライベートな体験になってしまう。 茶チリだとか御不浄だとか掃き出し窓だとか、圧巻なのは、便槽から柄杓で汲み上げた屎尿を、肥え樽に入れて天秤棒で担いで、畑に運んで肥料として蒔くだとか・・・ 全ては、ここでは述べられないことも含めて、こんなに個人的体験がいっぱいある、住まいの一部、小さい頃は便所、今トイレ。 こんなに一挙に進化するものなのか。 北海道に戻って、住宅造りの現場に入って、基礎の施工を体験する。まず便槽のセットが真っ先に覚えなければいけない試練としてある。そうなのだ、1990年代前半まで北海道の地方は、ほとんどの家庭が、くみ取り式ポッチャントイレで水洗化されていなかった。水洗化が文化のバロメーターと見なされたのか、1990年中頃から、一挙に下水道工事が進行しトイレの水洗化が浸透していった。 また個人的体験を述べると、便器が木であった時から白い陶器になり、その便器にも種類があって便槽の中が丸見えだったりするものやら、だから小さい子はよくそこから落っこちたり、今では考えられない、でもその手の話はなぜかおかしくも悲惨な出来事が、よくあった。 御不浄というくらいだから、油断をすると蠅がブンブンで蛆が湧くことも当たり前で、家の団らんからは本当に遠い隅っこが定位置だったし、なかには離れ形式のものもかなりあった。 誰にも水洗便器初体験や洋式便器初体験の記憶は、ちゃんと残っているはずだ。ぼくにも未だに消えない記憶があるけど、一般的でおかしくもないので、ここでは語らない。 このように一連の体験があると、公衆トイレで他人の排泄物にまみれたどうしようもない例外を除いて、内外のどんなトイレでも利用可能だし、いざというときにどこか草むらで、急用を足すことも抵抗なくできる。 生理的体験というのは、尾を引く。水洗化進行中のぼくの娘たちが小学校の頃は、校区内の一般家庭の水洗化が小学校の水洗化に先行していた。だから低学年の子供たちの中には、怖くて利用出来ない子供たちが帰宅まで持ちこたえられずに、下校途中にお漏らしをしていたという話まであった。そんなときにも教師たちのトイレは、浄化槽の水洗トイレだったのだ。教育とは、不思議な世界だね。 ぼくの小学校3、4年生の担任だったK先生が、当時でもけっこうな年配だったにも関わらず、水洗トイレの快適性を授業で語って依頼、60年近く経った。公的建物でも水洗は当然として、ウォッシュレットまで標準装備されてきている。 わが家の便器は、水たまりの大きい1回の洗浄で16リットルも水が流れる不節水のTOTOのC406という古い機種。これが3帖のスペースの一角に鎮座しており、その前には本棚とカウンター。ウォッシュレットまで予想はしていなかったけど、ここまでくるとぼくもたまに、新聞を広げコーヒーを飲みながら便器に座って、排泄と飲食という昔では考えられない行為を同時に行っていることがある。 清家清の『私の家』はトイレも含めて、どこにもドアはなかった。だから排泄行為から最後の「ジャア〜」という流す音まで、家の中では聞こえてたかもしれない。そこに今度は、ウォッシュレットの肛門を洗浄する音が加わるのだと想像すると、ちょっとつらいものがあるね。
by take2zeronine
| 2010-11-14 11:12
| ●いえのえほん/その覚書
|
ファン申請 |
||