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2009年 11月 25日
その上流は、東小学校の校庭の横を流れている。そして東小の校門は、なぜだかわからないのだけど、その利根別川の方に向いて開いている。 利根別川のこちら側に住んでいる子供たちは、どこかで川を渡らなければならない。当然校門のすぐ横に橋が架かっていれば、登校は一番簡単になる。 そんないきさつからだろう、校門のすぐ横に橋が架かっていた。 最初の出会いは、長女が小学校に入った頃だから、今から20年近くも前である。 丸太を掛け渡しただけの、人がすれ違うのがやっとくらいの、東小児童専用といってもよい橋だった。 それでその橋は、みんなに『なかよし橋』と呼ばれていた。 学校ができた当時は、たぶん川の学校側の子供たちが多かったのだと思うけど、その後川のこちら側の子供たちが、圧倒的に多くなって、当時で毎日400~500人前後の児童が登下校に少なくとも2回以上は、渡っていたと思う。(当時の東小学校児童数は、市内で2番目だった) ある時、何も知らずにPTAの会長職を引き受けてしまったぼくに、校長先生が相談してきた。 冬になると踏み固められた雪が、橋の欄干の高さまでになって、とても危ないんです。しかも木橋なので腐りかけてきていて、もう壊れそうなのです、と。 確かにそうだった。 そんな状況を市の教育委員会にも、視察してもらったこともあり、間もなくその木橋は、どこからかはずされてきた鉄製の歩道橋に、お下がりで2代目「なかよし橋」として掛け替えられた。 掛け替えられてみると、それまでの木橋の素朴な味わい深さは、場違いなほど頑丈がゆえか、鉄の冷たい味気なさに変わってしまっていた。 校長先生というのはPTAのPに、いつもこうして相談を持ちかけてくるものらしいというのが、なってみて初めてわかった。 今度の相談は、こんな内容だった。 ちょうどトイレの水洗化が普及してきていた中で、街の中心から外れていた東小学校は、いまだにポッチャン式トイレだった。 各家庭が水洗化になっている中で、新入学の子供たちが、慣れないトイレで用を足すことができず、家に帰るまで我慢しようとするものだから、下校途中の友達の家でトイレを借りたりするということが、頻発しているという。 さらに下水道に流せない学校の雑排水は、横を流れる利根別川に垂れ流されているので、まことに不衛生だという。 そんな話を聞いているうちに、ここはひとつ単なる陳情ではない、提言を盛り込みながら、「トイレ水洗化ときれいな利根別川は、上流から」という運動をしていこうということになった。 シナリオとしては、こうだ。 「校庭を流れる川なんて、珍しいロケーションだ。生活科の授業にも利用できる絶好の教材になるだろう。それがきれいなせせらぎでなくして、なんの価値があるだろうか。しかも毎日その川を渡って、大多数の児童が学校に通ってくる。川の両岸は、水辺のふれあいができる親水空間で、木橋はあらたに雪の影響が少ない屋根付きで復活する。」 というストーリーを描いて、市や河川管理者である北海道に、三代の校長に渡って働きかけたのです。 それを受けて、子供たちやPTAや近隣住民などが集まった中で、土木現業所のヒアリングが行われました。 当然それ以前に、校区内の町内会長さんたちが集まった中で、「公園の中の小学校、その横を流れる清流利根別川」というリバーパーク構想をプレゼンテーションしていたし、学校では機会あるごとにその話を語っていたので、子供たちや先生たちやお母さんたちにも、その構想は浸透していたものだから、ヒアリングでの効果は、覿面でした。 そうした結果、出来ましたねえ。 *
by take2zeronine
| 2009-11-25 17:41
| ●eベクトル/現在位置はどこ?
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